明治期の西洋式建築として歴史に残る「旧奈良国立博物館本館」

明治期の西洋式建築として歴史に残る「旧奈良国立博物館本館」

奈良県の注目すべき建築物として、旧奈良国立博物館本館の正面入口(現なら仏像館)を取り上げたいと思います。

言わずと知れた古都奈良は古い日本美術を味わえる寺社仏閣が豊富で、国内外の観光客に人気のスポットですが、新しい西洋の文物を取り入れるのに積極的な都市でもありました。
特に明治時代の西洋式建築には他所では見られない傑作も残ります。

ご紹介する奈良国立博物館の本館はその代表格であり、明治期の西洋式建築としては歴史に残る出来栄えを誇ります。

華麗な様式で、ただの西欧風建築とは一線を画す重厚さ

現在奈良国立博物館は重要文化財に指定され、戦前は帝室博物館でもありました。ここまで重視されてきたのはその設立経緯を詳しく見ても分かります。

ここは宮廷建築家として名高い片山東熊の手になるものです。
片山は明治の西洋建築の第一人者として、建築家の最高栄誉である旭日大綬章を始め数々の叙勲も受けるなど別格の存在でありました。明治以降の建築で始めて国宝指定されたものも片山の設計によります。

元は奇兵隊の兵士として戊辰戦争を経験した異色の経歴を持ち主であり、建築家としては日本に西洋風建築をもたらしたジョサイア・コンドルの第一期生の弟子として親しく教えを受けました。
現在の赤坂離宮迎賓館に当たる東宮御所、竹田別邸、桃山御陵、東京・京都国立博物館、日本赤十字社、神奈川県庁舎など歴史に残る錚々たる建築物に関わった大物です。

彼は欧米本場にも劣らないような西欧建築を日本に作ることを課されていただけに、欧米の一流どころ、特に高雅な17世紀フランスのルネサンス・ゴシック風建築を数多く残しています。
奈良博物館入り口もまさにそうした華麗な様式を持つ建物で、ただの西欧風建築とは一線を画す重厚さを備えます。
かつて文豪の森鴎外も室長を務めたこともある歴史と伝統ある博物館です。

正門入り口の圧倒的な存在感

沢山の愛らしい鹿がいる奈良国立公園の中を進むと、目の前が大きく開けます。奥行きがあって緑の点在する広間のような場所で、博物館は品格ある姿を見せています。

まずパッと見で正門入り口の圧倒的な存在感に気付くでしょう。
上品なベージュな色合いを基調とした煉瓦地、古代ギリシャのコリント風の凝った装飾の太い柱が二つ、花崗岩が基底部分にどっしりとした安定を与え、柱や装飾箇所には凝灰岩がしっとりしたたたずまいを見せます。

全体としては豪壮で直線的な造形ながら、窓代わりの丸みを帯びた装飾文様が、強いアクセントを添えています。
円形と突出したデザイン性の装飾によって、重厚さにありがちな固さや人を寄せ付けない冷たさを柔らげ、逆に洗練された雰囲気を作り出しています。

鬼瓦代わりの巨大な破風装飾も花柄を大胆にデザイン化して要所に配して単調にならない工夫になり、それでいながら窓枠などの整然とした同一デザインで統一感も同時にかもしだされています。

細かく念入りに仕上げられた装飾

装飾の中でも目立つのは上部の手の込んだ漆喰レリーフです。
櫛形の凹凸ある装飾の中に細やかに繊細に花模様や果実が浮き彫りにされており、目を奪われるほど念入りに仕上げられた見事なものです。

奈良博物館の正面入り口はこうした美しい細やかなレリーフが一番の個性となっています。
非常に微細な面まで丁寧に均整を取れた形で同じ文様が並ぶ姿には独特の美しさがあり、何時間も見入ってしまうほどの魅力があります。

見学者にもこのレリーフは一番人気で、中の仏像の宝物だけでなく外観の「入れ物」でも人を楽しませ魅了する場所でもあります。

通風孔に目をやってもこの建物がいかに細心を払って築かれたが分かります。普通こうしたところは地味でありふれた金具で済ませてありますが、覆いとなる金属にまで華麗で凝った装飾を施してあるのです。
ちょっとしたことで全体的に風雅さを損なわせない配慮と言えます。

瓦屋根を使った日本風の工夫も

またがちがちの西洋風でありながら、頂上部屋周辺には瓦屋根を上手く溶け込まして和洋折衷が実現されています。黒と灰色のカラーが全体と調和してまったく違和感を抱かせません。
中の日本・東洋的な仏像群といい、鹿や瓦屋根といいただの西欧建築の模倣ではありません。

国の威信を優雅に柔らかく示す

国家に関わる建築というと、無意味に巨大にけばけばしくして富や権力を誇示したり、威圧的な雰囲気のものもあります。
しかし本建築は気品と重厚味がありながら、同時に優雅であり野暮ったさも排除しています。

派手すぎず地味すぎず明治の粋を感じさせる建物です。
元の様式は外国のものではありますが、月日を経て今では立派に日本の古典建築の代表作の一つとして十分な存在感を示しています。

賛否両論ある点

ただ現代人の目からみれば確かにルネサンス様式やゴシック様式の影響を受けているために全体的には「大げさだ」と感じる人もいるかもしれません。
特に時代がかった西欧建築には「もたれる」「げんなりする」というタイプの方もおられます。

しかし奈良博物館に関しては片山の同時代のほかの作品と比べても、そうしたどぎつさは控えめです。

西洋建築の良さを日本的な環境の中に溶け込ませてある一作とも言えます。

東洋美術を堪能できる場所

見かけはヨーロッパの博物館であってもおかしくないですが、中身は国宝クラスの仏教美術の収集品が鑑賞できます。
また民間より寄贈を受けた古代中国の銅製品のコーナーもあり、また正倉院展も毎年開催されています。

見かけは西洋でも中身は東洋の一級品に満ちている場所です。東洋系・仏教美術が好みの方には間違いなくよだれが出そうになるほど素晴らしい品々が揃っています。
このジャンルでは間違いなくはずせない国内観光地の一つです。

まとめ

奈良に観光に寄られた際は何百も前の建築に悠久の時を感じるのも良いですが、ごく少し前の近代にも立派な個性ある建築が存在しています。

新しい時代の波を古都に根付かせる作業が営まれていた事実に目を向けてみるのも悪くありません。

特に中の展示物を見る暇がなくても、外観だけでも見る価値はあります。
公園の鹿と遊びがてらにちょっと覗きにきてはいかがでしょうか。