奈良市営コミュニティ住宅は、JR奈良駅周辺地区の「密集住宅市街地整備促進事業」の一環として平成四年に竣工された建物です。この事業は、駅南部の振興を目的とした開発計画でした。
円柱状の構造を中心に据え、地上十四階建ての豪壮な建物で、中心部を軸に、L字型もしくは大きく開いたV字型に展開しています。地下一階には90台を収容できる駐車スペースが用意され、1階から6階まではフラットタイプの部屋が104戸あります。
7~14階には、メゾネット式(二階分のスペースを確保し、屋内に階段を設けて一戸の住宅としてまとめたスタイル)の部屋が76戸用意されています。
建物の外の色合いも、中の違いを反映するように、下階部分をブラックの外壁、上層階をグレイで区分けしてアクセントをつけてあります。
2階分を使うメゾネット方式は、ベランダの区画を大きく取れることが特徴です。それを活かし、色分けだけでなく外側に開放された部分の区分けでも、内部構造の違いを把握できる作りとなっています。
地階部分には緑の豊かな敷地がしつらえてあります。
奈良市営コミュニティ住宅をひと目見て誰もが感じるのは、その重厚さです。重厚な石造りによって目立つ円柱と、V字型のデザイン性には、風格さえあります。
その名の通り、奈良市が所有する公団住宅の一つですが、よくある公団住宅のイメージとはかけはなれた個性があり、また「コミュニティ住宅」という名称からイメージされるような軽快な感じのものとは一線を画します。人によっては「古代遺跡」と呼ぶ人もいるぐらいの堅牢さ、圧倒されるような雰囲気があり、古代の西洋世界の歴史ある建造物のようなテイストさえ感じられます。
特に、この周辺には似たような重厚な高層建築は少ないので、ますますそういった印象が強まります。
一般的な「市営住宅」のイメージと異なるものが完成したのは、設立当初の建築プランによるものです。
元からの役所の建築計画では、老朽化が進んでいた住宅問題を解消し、住環境の整備と防災性を高めることが意図されていました。しかし、同時にバブル期に催された「世界建築博」において、観光・都市計画上のアピールを行う目的もあったとされます。
周知の通り、奈良市は古代の日本の都であり、歴史ある名建築が数多く残されています。
そういった古都としての奈良の魅力に加え、現代建築でも優れたものを配置することで、新旧の建築群をそろえて、対照的な魅力ある街並を創ろうという構想だったのです。
この計画のために莫大な予算が計上されていましたが、残念ながら、バブルの崩壊で計画は頓挫した形となりました。
従来の日本の集合住宅は、キッチンなどのスペースが通りに面していることが多く、隣近所に接しやすい簡略化した造りのものも多くあります。
そのため、食卓の様子が見えてしまったり、屋内の騒音から会話、ときには料理の香りまでが周辺に漏れてしまったりと、日本の隣近所との関係での悲喜こもごもを起こしやすいものとなっていました。周りとの構造的・心理的な障壁が少ない反面、トラブルが起きたり「個の尊重」や「プライバシーの配慮」という点では議論がある部分でした。
こうした点について、この奈良市営コミュニティ住宅では、独特の改造が為されています。
まず、分厚い壁と統一的なグレイ調でまとめられているために、個々の部屋の区分けが定かではありません。各部屋を視認することにも多少手間がいります。
市営住宅とはいっても、高級オフィスのように各部屋は個々が区分けされて、プライバシーに関わるスペースは部屋奥に設置されており、外からは簡単に伺い知ることはできません。「個」の空間とプライバシーに配慮されているわけです。
その分、廊下などの共用スペースが、一般的なマンションなどよりも開放的で、大きな役割を果たす構造となっています。従来の集合住宅は、居住スペースを最大限に活かそうとするあまり、通路部分も狭苦しいものがほとんどでした。通行用途だけでフェンスに仕切られた狭苦しい通路になりがちだったのです。
このコミュニティ住宅は、重厚な建築資材とあいまって、低層階はやや圧迫感がありますが、共用スペースはかなり広大に確保してあります。
特に高層階は、メゾネット様式に応じてベランダや廊下の区分けに余裕をもたせた広さで、天井も高く、開放的です。大胆にフェンスに吹き抜けがあり、壁にも格子状のスペースをいくつも造って、大胆に採光と通気性が確保されて非常にオープンです。
数人が行き交える幅の広さと滞在スペースが確保されているので、古代の街並みの通路のような印象さえ受けるほどです。
屋内の部屋は、堅牢に守られていますが、自らが積極的に外に出れば、開放的なスペースの中で、住人同士の交流も図れるといった設計になっています。
木の材質や木目調の暖かみのある装飾はなされておらず、その点では好みは分かれるかもしれませんが、しかし自己本位で生活のスタイルが選べる余地があり、建物の独特の質感や格調もカラーとしては、都心の巨大なタワーマンションとも通じる魅力を備えています。
この個性的な市営住宅は、かつて都知事選にも出馬したことで知られる黒川紀章が基本設計を担当し、西村建築設計事務所が実施しました。
黒川紀章という建築家は、丹下健三の門下で頭角をあらわし世界的にも評価が高かった建築家です。
フランス建築アカデミーからのゴールドメダルをはじめ世界各地で受賞経験があり、各国の建築家協会の名誉会員として名を連ねるなど、国内外でその「生命のあり方」に関する理論を建築設計に反映させた手法は人気の高いものとなりました。
このコミュニティ住宅でも、黒川氏の独特の個性は発揮されており、堅牢でありながら四角四面の感覚ばかりではない点に、それが特に現れています。
大胆な円形の中央構造が強い印象を受けると同時に、建物外壁の装飾的な部分でも非線形の流れるような柔らかい形状が建物を通り一遍のものとは違った印象にしています。
これも黒川氏の好んだフラクタル式のスタイルによる仕上げが反映されたものです。
もし、奈良駅周辺を散策する機会があれば、ぜひ奈良市営コミュニティ住宅を外からだけでも鑑賞してみることをお勧めします。