なら百年会館はJR奈良駅前にある市民ホールで、現段階で大ホールは最大1476席が収容可能です。今のところ奈良県内で最大規模のイベント施設とされます。
市制百周年の記念事業の一環として1992年に完成し、まだ歴史が新しいながらもその魅力的でひときわ目立つ外観で、奈良の他の歴史建造物に劣らない人気と知名度を誇ります。
丸みを帯びた前衛的で洗練された外観ではありますが、施設の中身と機能はあくまで一般市民が楽しめる場として位置づけられさまざまなイベントに対応しています。
クラシックのフルオーケストラから小規模な室内楽、演劇、ロックコンサート、講演会、会議、セミナーと目的に応じて広く門戸が開かれており、スポーツのボクシング興行なども開催されます。
こうした柔軟なイベント活動が可能なのは、内側のホールごとの区分けの工夫にもあります。巨大な大ホールだけでなく、中ホール434席、小ホールも100席弱など目的に応じたキャパシティで設備と収容能力が分けられています。
メインの大ホールも大きな楕円形を描く形でサウンドや台詞をなるべく会場全体にバランスよく通るように工夫されています。非固定式の2、3階部分のバルコニーは自由に移動できて席配置も動かせ、ステージングも目的に応じて全部で8種類ほどのバージョンが用意されている環境の良さです。こうしたことで反射板をはじめとするさまざまな舞台装置を自由に設置し、希望通りの舞台効果を創り上げられます。
側壁にはグラスウールや有孔木材によって、音響の過度の集中や偏りを防がれ、演劇からロックまでジャンル的に舞台や音響の問題も発生しません。
また正面入口には屋内席・テラス席をそろえたカフェの『lailaicafe』が開館中には営業しています。コンクリートの打ちっぱなしの床に柔らかめのカーペットが敷かれて、中はアートハウスの応接室並のソファやテーブルなどの調度が揃い、博物館のデザイン性の中に上手く存在感を示しています。
全体的にはダイニングカフェでもあり、モーニングセットからグラタンやカツサンド、パスタなど洋風中心のメニューに日本酒、ブランデー、ワインなどのアルコール類からカプチーノやフルーツティーまで一通りの飲み物も揃っています。
メインの設計者は国際的にも評価が高い磯崎新氏です。
元は絵画にも造詣が深く、幾何や数学的な発想も得意なことから、視覚的に強い効果をもたらす色使いと、建築の構造における独自の個性に特徴があります。
作家性の強い建築物でありながら、硬直的でいかにも見せるだけの建物と違って人間的な肌合いがあり、空間を大胆に使った伸びやかなイメージが特徴の方でもあります。
磯崎氏は国内外で手腕が認められている人物です。日本で二度の日本建築学会賞作品賞、芸術選奨新人賞美術部門、朝日賞をはじめ数々の授賞歴があると同時に、海外でも王立英国建築家協会ゴールドメダル受賞、ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展金獅子賞受賞など世界各地で高い評価を受け、建築依頼が後を絶ちません。活動の場はアメリカやヨーロッパだけでなく、中国、オーストラリア、中東など世界中に広まっています。
建築対象もコンサートホールやコンベンションセンターをはじめとして、個人の邸宅や集合住宅、駅舎、アートプラザ、美術館、博物館、駅舎、図書館、競技場、はてはディスコなどジャンルを問わず、多彩な才能を見せています。
まず奈良駅を降りてすぐに目に入るのは、曲面を配しながら調和と均整がとれた巨大な見かけです。市民会館と言うのは普通、しゃちこばった四角四面のものや、ありきたりで面白みのないものも多いですが、そうした常識を裏切って、遠目にも人が足を止める個性があります。
美しいカーブ状の造形の中に黒茶けたタイル状で覆われた姿なので、ぱっと見は何の施設か判断がつかないかもしれません。大きく横に長い建物はかまぼこの上側を切り取ったような形でありながら、全体的に丸みを帯びているので広大な建物でありながら威圧感も無く、形が形なのでありふれたビル群の中に埋もれません。
球形の巨体が全体的に統一を取れているので、個人や企業のデザイナービルディングにはにつかわしくなく、人によっては政府や軍関係の施設と勘違いするかもしれません。
しかしその手の政府や軍の公共物にしては洗練され、優しい雰囲気で柔らかく血の通った感じあり、またホテルにしては俗悪さ、無駄な華美さ、宣伝物もない事から違うとすぐに判断がつくでしょう。
この手のデザイン性に優れた建築は、居住性や機能面などがおざなりにされがちですが、中を見ればそれも間違いと分かります。長方形の窓枠が各所に配され、正面エントランスと屋根も同様のクリスタルガラスでまとめられているので、採光性が良い中に来客は広々と開放的な感覚で迎えられます。
吹き抜けのエントランスでは開放感に由来する居心地の良さで、以後の行事を楽しむリラックスした気分に自然と誘い込まれます。また傾斜と空間を巧みに使ってあるので、大勢が集まるイベントで避けられない多人数による圧迫感、不快さ、息苦しさなどを和らげる優れた効果を発揮されています。
美観と実際の使用する際の利便が両立されていて、特に中ホールは注目に値します。上部壁面にも透明なガラスを配置されて美しく幻想的なだけでなく、音響の面でも優れた波及力を達成し、室内楽や演劇でもその優れた効果が人気となっているほどです。
全体的にドーム状で円型が印象的なのは設計者の磯崎氏の個性でもあります。氏のほかの建築物を見てもわかりますが、古典的な紋切り型の調和や均整を求めず、意図的に正多面体式のデザインを造形の中心に据えてあります。これによって独特のまとまりを実現しました。この辺りは氏が初期に影響を受けた既成秩序や権威に反発するダダイズムの影響があるのかもしれません。
こうした新しいタイプの建造物は、独特すぎて統一感がなかったり、奇抜な外見すぎてネガティブな印象を受けるものも少なくないですが、磯崎氏はその両方の欠点を排して、類型を避けながらも独自の調和性と美しさで見る人を捉えます。
それでいて使い勝手の悪さなどの悪評も少なく、個性を強く反映しながら自己満足に陥っていません。あくまで市民に気持ちの良い建造物です。
百年会館が奈良の新しい名建築となったのも当然かもしれません。